スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブログ移転します。

こんばんは、名取市下増田美田園地区にある歯医者、美田園歯科院長の松永です。

開業前から徒然と書いてきましたこのブログですが
今回ホームページの移転とともにブログもお引越しすることにしました。

新しいホームページは こちら

新しいブログは こちら


です。

このブログは美田園歯科の今までの足跡でもあるのでこのまま残しておきます。


新しくなってもよろしくお願いします。

それでは。
スポンサーサイト

テーマ : 歯の事
ジャンル : ヘルス・ダイエット

4月から診療時間が変わります。

こんばんは、名取市下増田美田園地区にある歯医者、美田園歯科院長の松永です。

やっと暖かくなってきたと思ったら、今年は花粉の飛散も多いようで
患者さんも私たちも花粉症の症状に悩まされる季節になってきました。

本日はお知らせがあります。
タイトル通り4月より美田園歯科の診療時間が変更になります。

現在通院していただいてる患者さんにはお伝えしていますが
4月1日より

月曜日と金曜日が9時~19時
(お昼休み12時~14時)

火曜日と木曜日が10時~20時
(お昼休み13時~15時)

土曜日が9時から13時、午後休診


となります。
また、水曜日は特診日となり通常の外来はお休みです。
日曜、祝日休診は今までと変わりません。

以前より、朝早くから診察してほしいという要望と、
夜遅い時間まで診察しているのはありがたいという声をいただいており
今回このように変則的な診療時間とさせていただきました。

まずは月曜日、今までより1時間早く朝の出勤ができるように
スタッフと念を入れて確認をしました(笑)

新年度もよろしくお願いします。

追伸
美田園歯科のホームページが近々リニューアル予定です。
それに伴いこのブログもお引越しの予定となっております。
こちらの方は改めてお知らせしたいと思います。

それでは

テーマ : 歯の事
ジャンル : ヘルス・ダイエット

もうすぐ2年

こんばんは名取市下増田 美田園地区の歯医者 美田園歯科院長の松永です。

3月に入り日中温かく感じる日もでてきました。
2月は雪に見舞われる事が多かったですが、美田園は平野で海沿いのため
仙台市内の積雪と比べると少なくて、助かりました。

特に理由はなかったのですがしばらくこのブログをお休みしていました。
昨年の後半もいろいろなことを考えながら、日々過ごしていたのですが
なぜかブログから遠のいてしまって…長期休養してしまいました(笑)

また少しずつ復活しようと思っています。

最近の話題を。
先月下旬に名取市の歯科医師の先生方の集まりがあり
名取市と災害時救護活動に関する協定を結ぶことについて話し合いがありました。
IMG_1293.jpg
行政は震災から2年という節目までに協定を結びたいという考えのようです。
大規模災害時に私たちができることを準備しておくことが大切なんだと
改めて感じた次第です。
また、ほかの地域で今後災害が起こり、長期避難者が大人数に上る場合、
今回の私たちの経験を生かした災害時の口腔ケア活動に応援に行くことができるような
柔軟性のあるものになるといいなと思っています。

2年…という月日は本当にあっという間でした。
名取市の被災者の皆さんの今後はまだ不確定な部分も多く
復興のスピード感を全く感じられなく憤りを感じることも多いです。

海沿いの県道塩釜亘理線は毎日他県から応援に来ている大型ダンプが行きかっています。
全国各地のナンバープレートを見ますので本当に全国から集まっています。

先日、そんな何台も行き来しているダンプはどこに向かっているのだろうとおもって、
後を追って仙台空港東側方面に行きました。

仙台空港は津波で大きな被害を受けました。空港は平常通りですが
その周りはまだまだ爪痕が残っていました。
IMG_1276.jpg
ダンプカーは護岸工事現場へ土を運んでいました。海岸線沿いに重機が並んで作業していました。

IMG_1273.jpg
このような建物もまだそのまま残されています。

IMG_1285.jpg
空港東側から滑走路を見ると折れた街頭もそのままでした。

全国から工事関係の方が応援に駆け付けていても
整備には多分もっと時間がかかるのでしょう。
それだけ震災は規模が大きかったのだなと改めて思いました。

最後に
先週から「遺体 明日への十日間」という映画が公開されています。
岩手県での遺体安置所にかかわった人たちの実話をもとにした映画です。
一般的には震災の記憶が風化しつつあるのも事実なのかもしれませんが
私はまだ気持ち的に見ることができなさそうです。


美田園歯科は春に向けて少し診療体制の変更があります。
そのお知らせはまた次回にしたいと思います。

それでは。

テーマ : 歯の事
ジャンル : ヘルス・ダイエット

あの時を振り返って

こんばんは名取市下増田美田園地区にある歯医者 美田園歯科院長の松永です。

昨日(6・3日曜日)NHKで放送された番組があります。

きみは確かに、そこにいた。 ~歯科医師たちの身元確認~
http://www.nhk.or.jp/ashita/bangumi/archives/
あの時は無我夢中で検視の作業をしていました。
写真や映像を見ると当時のことを昨日のことのように思い出します。

名取市の検視会場は旧増田中学校体育館、
旧空港ボウル、県立高等看護学校体育館を一時的に使用しながら
最終的には警察学校内敷地にテントが立ち、
仮設の検視場(屋外)にて当番制で行うようになりました。
寒い日も続いていたため防寒対策や、あると便利なものなどを、
名取の先生方で作ったMLで情報交換して毎日が過ぎていました。

デンタルチャートといわれる歯の治療痕を中心とした口腔内の状態を
一枚の紙に記録していく作業が私たちの仕事でした。
治療してある金属の材質、形まで正確に記録してほしいという要請もあったので
チャート作成にやや時間がかかったのも覚えています。

発見されたご遺体の90%以上の身元が判明していますが
まだ身元がわからない方もいらっしゃいます。
ご遺体の歯のレントゲン写真を撮影して
デンタルチャートとともにデータベース化する作業が進められています。
その活動報告は宮城県歯科医師会の会員向け会誌などにも掲載されていましたが
昨日の番組で、レントゲン写真のデータベース化に、群馬県の先生のお力、
そして群馬県山中で起きた日航ジャンボ機墜落事故時の
検視の教訓が生かされていることを知りました。

カルテには患者さんの口腔内の歯の状態を記録する場所がありますが
具体的な形態や金属の種類まで詳細に記録を取ってあるものはきわめて少ないです。
(もちろん文書と簡単な模式図での記載はしています)
しかし治療中に撮影したレントゲン写真は歯根の形態や根の治療痕など、
より特徴を映し出し、個人差も一段とはっきりします。
カルテとチャートで照合するよりレントゲン写真同士で合致する部分を
見つけ出すほうが確実性が上がるという考えは
歯科医師は誰もが納得するところではないでしょうか。

身元不明の方々の一日でも早い判明をお祈りし、
行方不明の方々が発見されることを願っております。

テーマ : 歯の事
ジャンル : ヘルス・ダイエット

GW休診のお知らせ

こんばんは名取市下増田 美田園地区にある歯医者 美田園歯科院長の松永です。

新学期も始まり、少しずつ暖かさも感じられようやく春がきたように思います。
前回のブログからだいぶ時間がたってしまいました。
私は特に体調も崩さずに日々診療をしていました。
数年前から花粉症の症状が重くなっていてこの季節は憂鬱だったにですが
今年は寒さが厳しかったせいで飛散が少なかったのか
目が少しかゆいくらいで終わりそうです。
毎年こうだといいんですが…

もうすぐゴールデンウィークです。
美田園歯科は諸事情により5月1日、2日も休診とさせていただくことになりました。
大変申し訳ありませんがご了承いただきたく
お願い申し上げます。

ゴールデンウィーク明けにはスタッフともどもますますパワーアップして
診療にあたりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。


最近の話題を1つ。
先週末にとある方のお話をきいてきました。

福島県相馬市市長立谷秀清氏の講演です。
テーマはもちろん震災復興でした。
相馬市の松川浦は私の好きな場所の1つでドライブなどで
何度も訪れたことがあります。のちに天皇陛下が黙とうをささげていた場所です。
航空写真では津波にのまれ海岸線も変わってしまったようです。

相馬市長のお話しぶりから強いリーダーシップと使命感、相馬への郷土愛
首長としての責任感、避難から復興までの徹底した考えと決断の早さを感じ
特に災害弱者とされる独居高齢者や災害孤児への行政支援は
一本筋が通った手厚い、継続的なものでとても感心しました。

相馬市は地震、津波に加え、原発問題でも厳しい環境に置かれましたが
その当時のメールマガジンでも市長の強い決意がうかがえます。
以下は転載です。

◆━━━ 相馬市長立谷秀清メールマガジン 2011/03/24号 No.248 ━━━◆
>            
>
> ----------------------------------------------------------------------
>
> みなさんこんにちは、相馬市長の立谷秀清です。
>
> 今回は、私の書き下ろしエッセー「ろう城」をお届けします。
>
> ----------------------------------------------------------------------
>
> ●ろう城
>
> まず今回の地震津波で亡くなられた多くの方々のご冥福を祈りたい。
>
> 相馬市の場合、地震の揺れが終わった直後に災害対策本部を召集し、津波から
>
> の避難呼びかけと誘導を指示した。海岸部の5027人の家屋が流出て瓦礫となっ
>
> たが、亡くなった方は約一割。多くの方を避難させた消防団の方々に、心から
>
> 感謝と敬意とお詫びを申し上げなければならない。避難指示、あるいは誘導の
>
> 業務により逃げ遅れ、殉職された団員が7人。この方々の尊い命と引き換えに
>
> 守られた、多くの市民の生活と郷土の再建に死力を尽くすことが、私のせめて
>
> もの償いと思っている。
>
>
> さて震災直後は情報収集と生存者の救出に全力をかけた。地震の倒壊による死
>
> 者はわずかにひとり。その50分後に信じられない報告が対策本部に入ってくる。
>
> 津波が6号バイパスを越えようとしているというのだ。私には想像もつかない
>
> ことだったが、現実は原釜、磯部の集落が壊滅、尾浜、松川も高台以外は波に
>
> のみ込まれ、原形をとどめる家屋は無くなっていた。体中に心配と不安が走る
>
> なか、災害対策本部の次の仕事は生存者の保護と救出者の健康管理である。夕
>
> 方の、沿岸部のすべてを飲みつくした海水の中で、孤立している被災者をひと
>
> りでも多く避難所に退避させ、暖を与え水と食事を摂ってもらうことに専念し
>
> た一夜だった。
>
>
> 時間がたつにつれて、行方不明になっている親族や知人の報告が入ってきたが、
>
> 対策本部の中では誰ひとり感情を表に出す者はいなかった。この非常事態に、
>
> 市をあげて取り組まなくてはならないことを全員が分かっていた。被災の10時
>
> 間後、4回目の対策会議で我われは、復興にむかって一歩ずつ進んでゆくこと
>
> を誓い合いながら、今後の行動指針を短期的対応、中長期的対応に分けて策定
>
> した。明日になれば、災害の全容がわかるだろう、犠牲者の情報ももっと詳し
>
> くわかるだろう、しかしどのような事態であっても臆することなく、着実に計
>
> 画を実行していくことを肝に銘じた。
>
>
> 二日目以降の避難所は、被災者とライフライン不通による一般避難民とで過密
>
> 状態となったが、女性消防隊や自衛隊の応援による炊き出しや、早くも届いた
>
> 支援物資で何とか最小限のことは出来たと思う。
>
> 家を無くされた方々の避難所生活から、アパートや仮設住宅での自立した生活
>
> に移行してもらうこと、災害現地をできるだけ整理すること、またそれまでの
>
> 長期にわたる不自由な生活のなかでの健康管理や精神的なケアなど、中長期の
>
> 計画に添ってチーム一丸となって歩み始めた。
>
>
> ところが。
>
> 45キロ離れた遠くの双葉郡から、二度目の悪魔が襲ってくる。放射能の恐怖と
>
> いう不安心理である。広がる一方の原発事故は一日中の過敏報道とともに、周
>
> 辺地域はもとより日本中を恐怖心に駆り立ててゆく。半径20キロの範囲が避難
>
> 指示地域になったころから、相馬市にも遠くに逃げ出そうという気分が広がっ
>
> ていった。
>
> 同時に国内の物流業者が敏感に反応し、相馬地方やいわき市に入ることを避け
>
> るようになった。ガソリンのタンクローリーなどは郡山で止まってしまい、運
>
> 転手をこちらから向けないと燃料も手に入らない。震災後わずかに開いていた
>
> コンビニやスーパーも商品が入って来ないため閉店である。ガソリンと物資が
>
> 入らない日常生活の不便に加え、原発の放射能拡散の恐怖が相馬地方を襲った
>
> のだ。
>
>
> 市民は終日テレビにかじりつき、解説者は得意げに危険性を説明する。たしか
>
> チェルノブイリでも30キロのはずだったが、45キロ離れて避難命令も出ていな
>
> いはずの相馬市民の顔色がみるみる不安にあふれていく。
>
> もしも放射能の数値が上がったら、その時避難したのでは遅いのではないか?
>
> 国は、本当は健康被害が出るくらいの危機的状態なのに、国民を騒がせないた
>
> めに隠しているのではないか?ひょっとしたら今こそが逃げるべきタイミング
>
> なのではないか?現に米国は80キロまで避難させたではないか?
>
> 事実、屋内退避とされている南相馬市では大量脱出が始まった。ガソリンも食
>
> 糧も医薬品も届かない陸の孤島にいたのでは、ヒロシマのように爆発してから
>
> では遅いのだという恐怖が、まず南相馬市民を相馬市に向かわせた。相馬市の
>
> 避難所に押し掛けてきたので、こちらでは新たに廃校となっていた相馬女子高
>
> を南相馬市民のための避難所とした。容量は1000人分。もちろん食糧の提供も
>
> こちらの義務となるが、我われより困っているのだと思ってひき受けることに
>
> した。災害対策本部には、一瞬顔をこわばらせるものがいたが異論は出なかっ
>
> た。
>
> しかし、南相馬市民の不安や脱出願望を肌で感じた相馬市民にも危機感と焦り
>
> が生じてきた。早く逃げないと、放射能による障害をまともに受けるのではな
>
> いかという不安が蔓延するようになってきたのだ。対策本部としては、国から
>
> 避難命令が出る前に、自分たちで自主避難を決めることはあり得ない。この当
>
> たり前の立場を対策会議で確認して、三か所の避難所で演説してまわった。
>
>
> 我われはその後の対策会議で、復興に向けて着実に進む方針を、短期対応、中
>
> 期対応、長期計画と分けて市内の実情に合わせて着実に進んでいくことを決め
>
> てきた。その過程で、もしも国から一時避難を指示されるなら、市民の健康や
>
> 生命を案じて計画的な集団避難を実行しなければならないが、漠然とした不安
>
> にかられて復興計画を遅らせるとしたら、亡くなった人たちに済まない。だい
>
> いち、高齢者などの災害弱者にとって、相馬を離れた避難所生活が辛くないは
>
> ずがない。だから、国から避難指示のない現段階で、市民とともにこの相馬市
>
> を離れるつもりは毛頭ない。
>
>
> ところが、原発の放射能もれに対する国中の不安が、相馬への物流を決定的に
>
> 止めてしまった。影響が特に厳しかったのが医薬品である。この点は供給会社
>
> のトップと話して、相馬がどうしても撤退できない理由を理解してもらった。
>
> 彼らの理解を得て医薬品の供給は確保されたので、相馬の医療機関は留まるこ
>
> とができる。しかし、問題はスーパーやコンビニで、生活用品や食料を調達で
>
> きないことである。
>
> 市民にはご不自由をかけているが、ここで生活の不便さや原発の恐怖心に負け
>
> てしまったら、相馬地方は将来ともに復興が出来ないに違いない。昨日、行政
>
> 組織の区長さんたちを集めて、相馬市はろう城生活に入ることの了解を得た。
>
> いつまでも続くはずもない原発騒ぎや物流の風評被害に負けたら、津波から被
>
> 災集落住民の命を守って殉職した分団長や団員に申し訳がない。
>
> 最低、米と味噌と梅干しがあれば、生きてはいける。天明の飢饉はもっとひど
>
> かったはずだ。よってろう城をしながらここで頑張る。さいわい全国の市長た
>
> ちが支援してくれるから、兵糧の心配はない。


また資料としていただいた250ページにも及ぶ
9月までの中間報告書の密度の濃さに圧倒されました。

災害対策本部の動きや各所から入る報告や指示が時系列で細かく記録され
当日のホワイトボードの書き込みや夜中の会議の資料などの
写真も織り交ぜられ非常に緊張感のあるものです。
IMG_1135.jpg
IMG_1136.jpg
IMG_1137.jpg

後半は復興計画のさまざまな取り組みが紹介され、
最後は義援金、支援物資をいただいた方々の記録と
市長の感謝状が収められていました。
IMG_1138.jpg
IMG_1140.jpg


現状を見回しても遅々として進まない復興にいらだちを覚えることもありますが、
もし将来世界のほかの国で同じような規模の災害が発生したとき
今回の我々日本人の対応や対策がとても迅速ですぐれたものと感じられるかもしれません
報告書はとても貴重でたくさんの思いのつまったものでした。

テーマ : 歯の事
ジャンル : ヘルス・ダイエット

リンク
カレンダー
01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
カテゴリー
最近の記事
FC2カウンター
QRコード
QRコード
月別アーカイブ
小さな天気予報

-天気予報コム- -FC2-
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。